9月23日退院してきました。

「すい臓癌の手術から退院への道のり」(8 完)10月6日に投稿しました。
これで入院中の投稿は終了します。


「すい臓癌の手術から退院への道のり」(5)から(7)まで10月2日に投稿しました。


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長らくブログをお休みしていましたが、
本日、9月23日、午前10時半、退院いたしました。



予定通り9月4日に手術をして、その後、順調に回復出来て、
病院中がびっくりするほど早くに退院いたしました。

1ヶ月は出てこれないかもという覚悟で入ったので、まさか術後19日で退院できるとは考えていませんでした。


本当は、21日に退院してもいいといわれたのですが、不安だったため、23日まで置いてもらいました。

その間に、スマートフォンからでもブログ更新はできたのですが、
退院してから、詳しく振り返って投稿しようと思ったので、一切今日まで投稿はしていませんでした。

入院している間に起こったことを、9月1日へ戻り退院までの日々の出来事を綴りたいと思い、
入院中にメモを取っていました。

今後、すい臓癌の方が私のブログを読んでくださることもあるかもしれないし、
私の人生の中での一大事を、詳しく残しておきたいと思っています。


2回目の入院は23日間です。
この23日間を、体調を見ながら、振り返ってその当日の日にちで投稿していくつもりです。
今23日だけ投稿になっていますが、空欄が埋まっていきます。

なので、しばらくの間、日にちは逆に投稿が進んでいきますので、
よろしくお願いいたします。

まだまだ身体は本調子ではありません。
食事も、まだまだ普通に食べられていません。
やすみやすみ家事をして、体を慣らしていかなければなりません。
食事も同じく、少しずつ食べ、食のリハビリをしなければなりません。

コメントで応援していただきました皆様、
本当にありがとうございました。



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「すい臓癌の手術から退院への道のり」(8 完)

19日に胆汁チューブを抜く予定だったのですが、胃の調子が悪いと訴えたため、
20日に伸びました。

3本中一番細かった最後のチューブを抜かれ、身軽になりましたが、ちょっと痛かったです。


もう、このチューブを抜いたからには、退院できるのですが、
まだはっきりいつという日を決めたわけではなかったので、
先生からも言われなかったので、自分で決められるのだと思いました。

病院側は早く出したいと思っているに違いない。。。

でもせめて、あと3日は居たいと思い、21日の日に、


「23日退院ということでいいでしょうか?」


と医師に尋ねると了承をいただきました。

祭日になるため、会計を済ませてから出たいと思い早めに話しておきました。

基本的に、この病院は、日曜でも祭日でもいつでも退院できます。
会計が間に合わない時は、次回の通院日でいいといわれます。



23日の退院の日は、前日に荷物を先に片づけていたため、身軽に退院することが出来ました。

術後19日目、入院日数は23日です。

会計も出来上がっていたので、早く精算も済み、午前10時半には病院を出ました。


自宅に戻ると、ちくわが私を見て、とっても意外な顔をしました。

まさか今日帰ってくるとは思っていなかったというか、もう戻ってこないと思っていたのかもしれないです。

何日間かは待ち続けていたようだけど、諦めたようだと息子から聞いていましたが、
本当に3週間も待たせたのですから、ちくわの人生ではこの23日間って、
何か月間もあったはず。。。人間の3倍ほどの速さで年月が経ってしまう犬の寿命ですから・・・。

長い長い日だったんだよね。。。


しばらく興奮が収まらず、走り回っておりました。



23日ぶりの自宅・・・・・・

長いようなあっという間のような・・・・・・

入院中は、長い、暇だという感覚は持ちませんでした。
病院の生活は変化などないけれど、
一日があっという間に流れていき、家のことなど何も考えないように生活していた。。。

家に入って、


『私は今、この瞬間生きている』と実感していました。


23日前、家を出る時は、戻れないかもしれないと覚悟を決めて、
一人で静かに出て行ったのですから。。。


入院中の投稿はこれで終了します。

後ほど、これから始まる抗がん剤治療などのことは別に投稿していきます。


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「すい臓癌の手術から退院への道のり」(7)

16日

食事は5分粥になりました。
おかずは変わりなく野菜ばかりですが、一日一回は魚の煮物が出ました。
この日、はじめて痛み止めを一度も使わず寝ました。



17日
痛み止めの点滴を使わない 2日目。

痛み止めは飲み薬も2種出ていて、点滴は全くしなくなりましたが、
朝夕の2回飲み薬を飲んでいます。

点滴チューブが2週間目で抜かれました。
このチューブは、鎖骨付近から執刀医自ら入れていただいたもので、
心臓に近い位置までの長さ12cmほど入れられていました。
一階の処置室で入れられたものですが、深く入れるため、ちょっと苦しかったですが、
腕には一切注射針が刺さっていなくて、とても楽に過ごせました。
痛み止めも、ここから点滴されていました。

この場所は、3日に一度消毒されて絆創膏の張替えなどしていて、痛い時もあったのですが、
我慢できる許容範囲内でした。

この点滴チューブが抜かれたのは、抗菌剤6回点滴して終了してからでした。
以後、点滴はありません。

飲み薬は、5種類ほどあって、飲む時間が違うので、大変でした。

17日は、手術した時に、病理検査をしていた結果が家族に説明される日でした。
母の49日がまじかに迫っていたため、札幌から兄夫婦が来ていたので、
一緒に説明を受けてもらうことにしました。

私のすい臓がんの幹部を全開した画像と、ホルマリン漬けにしたものを
5mm間隔にスライスした画像を見せてもらいました。

手術で撮れる範囲ぎりぎりまで採ったのだそうですが、
その幹部は、ぎりぎりのところまで迫っているため、
今後予防として抗がん剤の治療をするように勧められました。

そうなるだろうと予想はしていたのですが・・・

すい臓がんの幹部のサイズは、術前には、3cmくらいあるといわれたのですが、
実際には、2cmしかなく、厚みは1.4cmほどで、

ステージⅡB

といわれました。

抗がん剤の治療は、術後1か月を過ぎたころからが適期だといわれ、
外科から再度消化器内科へ戻って治療されることになります。

今後は、最後の胆汁チューブが20日前後に抜く予定なので、
それが抜けたら退院して構わないといわれました。

兄夫婦から1ヶ月は入院だと聞いているのに、そんな早く退院して大丈夫なのかとの質問がありましたが、
先生は、自宅に戻った方がリハビリになるからいいのだといわれました。

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「すい臓癌の手術から退院への道のり」(6)

すい臓吻合部のチューブが最初に抜かれました。
右わき腹から出ていたチューブの1本が外されました。

やっと食事がとれるようになりました。
1日入院した時に、昼ご飯を食べてから高熱が出始めたので、その時点で夕飯から禁食になりました。
自宅では31日から食べられなかったので、食事は、11日間食べていませんでしたが、
お腹がすいたという感覚はもはやありませんでした。


3分粥からスタート。

おかずは、野菜の煮物やお浸し。
高栄養飲料 ゼリーやジュースなどが間食用に必ずついていました。
でも、そんなにジュースをがぶがぶ飲むこともできず、50ml飲むのが限界でしたので、
1パックを2日がかりで飲んでいました。

食事は、栄養士の方からの指導で出てくる食事の分量の半分を食べるようにと・・・

食事のパンフレットには半分残す練習をしましょうと書かれていました。


もったいないから最初から半分の量が入っていればいいのに。。。




14日
この日は、自分で洗髪できるようになったため、シャンプー室で洗髪しました。
痛み止めも深夜だけ使って後は飲み薬で大丈夫になりました。
散歩も同じ階を何度も往復することができるようになりました。
抗菌薬の点滴はまだ続いていて、朝夕2度点滴しました。




15日

胆管空腸吻合部チューブを抜きました。
これで右側にあった2本がなくなりとても楽になりました。このチューブが一番太くて、
ドレーンが出ていた根元も痛かったので、ホッとしました。

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「すい臓癌の手術から退院への道のり」(5)

9月10日 深夜2時ころ凄い痛みで目が覚めた。

昨日まで少しずつ痛み止めの間隔が広くなってきて、楽になりつつあったのに、なぜ?

今日で背中から入れられていた硬膜下麻酔が外される予定でしたが、この痛みのせいで、
追加になりました。

一日中痛み止めを点滴。

この痛みは、胆管炎を術前起こしていた状態だったので、何かの原因で、
菌が悪さをしていたようだと分かり、抗菌剤の点滴が入れられた。




11日 
まだ抗菌剤が効いてくれず、痛みが強くあり12時間の間に7回も痛み止めの点滴を使いました。
辛い一日でした。



12日
やっと少し痛みが弱くなり、寝る時間帯から朝までの時間帯だけ痛み止めの点滴を使うだけで、
日中は飲み薬でしのいでいました。

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「すい臓癌の手術から退院への道のり」(4)

今日は、朝の回診で傷のテープが外されました。
ペリペリ・・・と長くテープが外された感触・・・。

テープが貼られていたことは知らなかったのです。
私の傷も見ていませんから。。。

『どうなっているのだろう…』

その後、看護師に、私の傷の抜糸はいつですかと尋ねると、

看護師 : 「今日テープを外したので、それ以上何もしません。」


私 : 「えっ? 糸で縫っていないのですか?」


『そうなんだぁ。。。今は抜糸などするような手術ではないんだわ。。。』
後で、担当医師から詳しく聞いたのですが、
中側ではきちんと吸収糸で縫っていて、外側はテーピングしているんですって。

だから傷は22cmと大きいのですが、とてもきれいな状態でくっついています。




水のみ、許されているのですが、先生からジュースを飲んでもいいと許可が出ました。
腸には、水以外の栄養が必要ということでした。
看護助手のおばさんに、リンゴジュースを売店まで買いに行っていただき、
7日ぶりに水以外のものを口に入れました。

先生からは、歩くように勧められていて、日に二度ほど、短い距離ですが点滴のスタンドを引きながら
歩いていましたが、近くの自動販売機には、リンゴジュースはなかったので、
1階までは行かれないので、買い物を頼んだのです。

とってもおいしかったぁ~ 


痛み止めの点滴を使う間隔が、長かったり、短くしか効かなかったりしました。

先生から、痛み止めを使ったら、じっとして寝るのではなく、
歩きなさいと言われていて、この日は、先生から、X線撮影室まで一緒に行こうと誘われてしまいました。
一階まで歩いて行ったことはないし、そろそろ痛み止めを使わないと・・・と
思っていた矢先のことだったので、少し、躊躇したのですが、断るわけにはいかないと思いました。

ゆっくりでいいから歩こうと誘っていただいたし、先生が付いているのだからという安心感から、
エレベーターを使って5階から1階のX線撮影室まで歩いていき、
帰りも、先生が病室近くまで一緒についてきてくださいました。
そして、途中で、3袋のチューブのつながっている袋が絡まっているのを見て、
直してくださいました。

それも、一般の患者とかが行きかう通路で、しゃがみこんで、絡まるチューブを丁寧に歩きやすいように、
直してくださったのです。

この担当医師は、私の執刀医でもあり、北見赤十字病院  外科部長 M 医師です。

朝は、毎日7時から7時半には、必ず様子を見に顔を出していただきましたし、
日に何度も見に来ていただきました。

一週間休みなく来ていただきました。
ほかの患者さんの担当医師よりずっと早い時間から
ナースステーションにいらっしゃいます。

初めて会った時は、あまり良いイメージを持てない感じの先生だったのですが、
日々の対応を見ていると、この先生の患者に対する接し方が、
普通ではないと思いました。

X線撮影室までは看護師ではなく、看護助手が連れて行くのが普通で、
慣れた患者は、一人で行きます。
一般のエレベーターなんか乗らない先生ですし、外科部長自ら患者を連れて行くというのは、
私もびっくりでした。


この日は、入院して初めて、洗髪もしていただきました。
それも、ベットの上で。・・・
どんなことをするのかと思っていたのですが、全く私は動くことが必要なく洗髪が終了しました。
流石に、すすぎは不十分でしたけど、文句は言っていられません。
まだ前かがみになれないので、自分では洗髪できないのですから。。。

X線撮影の結果は良好でした。

 
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「すい臓癌の手術から退院への道のり」(3)

私の下腹部には、ドレーンという手術患部から、
体外へ太いチューブが2本と細いチューブが1本出ていて、そのほかに術後3日目の7日の朝、
尿管が外されました。
2日間は、痛みが激しかったため、動くのも大変だったので、1日ずらして外されたのです。

ドレーンとは、
体内に貯留した消化液、膿、血液や浸出液などを体外に排出するのです。
排出されたものを通して、創傷部の状態を観察、確認し、治癒を促し、
感染を早期に発見する目的で行われます。


バックに溜まるようになっていて、下腹部の左右にあるので、
この状態では横向きにはなれませんし、動くときに邪魔なため面倒でした。

術後3日目から尿管が外されたため、個室内にあるトイレに行けるようになりました。
しかし、この3本のチューブが腹帯の下で、
自分の身体のどこからどうなっているのかを把握できない状態だったため、
トイレに行くたびに、看護師にお世話になることになりました。

初めてトイレに行くときに、ベットにある、柵に手をかけて、力を入れて起き上がると、
楽に起きれて、傷が痛いこともなく、意外でした。


この時期は、まだ 私の身体の傷がどのようになっているか確認はできませんでした。
見ようと思ったら回診の時にでも見られるのですが、見る勇気がありませんでした。

大きな傷になることは、手術前に医師の説明で知っていたので・・・。

この傷の長さを正確に測ったのは、退院してからしばらくした29日で昨日でした。
みずおちからおへその下まで直線にあり
22cm ありました。 
そんなにあるとは思っていなかったので、ちょっとショック・・・。

この日は、車いすで、X線撮影に一階まで行きました。
痛み止めの間隔は4時間から5時間おきになっていました。

少し楽になってきました。

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「すい臓癌の手術から退院への道のり」(2)

ICUから出たのは、執刀医の先生の回診が7時ころにあり、
その時に、鼻から入っていた管を抜かれて楽になりました。

もう少し入れられているのだと覚悟していたのですが、
手術後11時間ほどで外してもらってよかったです。

その後、身体を拭いてくれて、一般病棟へ移されたのは、11時ころでした。


術前いた病室ではなく、ナースステーションのすぐそばの個室へ入れられることになりました。
私が望んで個室にしたのではありません。

退院するときに分かったことですが、会計の時に、明細を見ると、
普通の個室料金ではなく、入った個室も、病院側で個室料金を別途加算される部屋ではないところへ
入れられたようです。

大きな手術をした患者を管理するためにある個室だと思います。
ここには、トイレや洗面台も完備されていましたし、天井にはカメラも付いていました。

個室を頼もうかと思ったのですが、頼まないで、格安な個室へ入れてもらえてよかったです。


お腹を切る手術など、初めての経験で、まして、
私の場合、すい臓、十二指腸、胆嚢、胃と4つの臓器にまたがって、
胆嚢は全部摘出、ほかの臓器は一部切除でしたので、
術後の痛みは、想像を超えており、
2日間は、痛み止めを点滴しても、
3時間も効目が持たない状態で一日中痛み止めのお世話になっていました。

その為、頻繁にナースコールを押して看護師さんのお世話になりました。

5種類くらいの痛み止めがあり、効いてくれる薬は3時間は次を待てるのですが、
効目が悪い薬もあり、3時間開けなくては次が使えないというのに、
全く効いてくれない薬は最悪でした。・・・

その為、効かない薬を点滴されて、痛みに耐えるのが嫌だったので、
薬の色やパックの特徴を覚えて、その薬を使わないように頼みました。

一番痛みがなくなるのは、麻薬が入った薬でした。
効き方が素早く、10分ほどで効いてくる。

無痛の時間帯が1時間ほどあるというもので、楽になるのはいいのですが、目が回るのです。

他の薬は、点滴を開始してから1時間ほど効いてくるまでにかかりました。そして、
効いているピークだと思われる時間帯でも、ウズウズと痛みがなくなることがありませんでした。

その薬は、他の薬と明らかに違うと分かる効き方をしました。
その薬の特徴を覚えておき、看護師に 「前に使った薬は”麻薬”入ってませんか。?」と

聞くくと  「入っています。嫌ですか?」

というので、効き方が強過ぎるので、出来れば使いたくないと頼みました。

麻薬が入っている薬でも少し弱めの薬で、目が回らなく、効き目が穏やかな薬が、
1種ありました。
この薬は、穏やかに効いてくれ、長い時間持ちました。

痛み止めを多い日には、一日に10回近く使うこともあったので、
少しでも回数を少なくしたくて、この効目が長く穏やかに効く薬を、深夜から朝までの時間帯に
使いたいと看護師と相談しました。


3日目は、2日目より少し痛み止めを点滴する時間が長くなっていました。

2日間は本当に人生最悪の時間を過ごした気分でした。
痛み止めの薬漬けになっていたため、薬の効き目の違いがはっきり分かるようになり、
効かない薬は避けて、効き目の良い薬だけを選んで使ってもらいました。

痛み止めの使用に関しては、うるさいことを言う患者だったと思っています。


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「すい臓癌の手術から退院への道のり」(1)

私が、麻酔から目覚めたのは、手術されたベットから、何人かの手で、
自分のベットへずらされた時でした。


「手術台からベットへずらされたわ」 と目が覚めたのです。


そこからまた少し意識が途切れています。

再度目覚めた時は、ICUに寝かされていました。

時計があったので、見たところ、午後7時45分でした。
ということは、9:10に入室したのだから、10時間と45分後。

10時半ころから手術が始まったとしても、9時間ほどになる。

ということは、予定通りの手術が行われたということになる。



「よかったぁ・・・」



まだぼんやりとしているところへ先生がやってきて、

「綺麗に取りましたからね」   と言ってくださいました。

安心したのか1時間ほどまた記憶が遠のいていきました。・・・・・


次に目が覚めた時は、息子2人がベット脇に立っていました。
時間は午後8時半。
結構寝ていたようです。

先生から説明を受けたようでした。

画像は息子が手術を終えた記念にということで撮ってくれたもので、
手術を終えて、まだ1時間ほどの時に撮影しました。
良く見えていませんが、
鼻から胃までチューブが入っていて、とても苦しかったです。

S_67546027773190.jpg

この時は、まだ麻酔が効いていたので、楽に話が出来ました。
結構話をした記憶があります。

息子たちが帰って1時間ほどしてから、痛みだし、
ナースコールを押して、痛みを訴えようにも声がかすれて出ずらく、やっと

カスレ声で、
「痛いんですけど・・・」と告げました。

痛み止めを打ってもらいました。・・・

この痛みは、単なる傷の痛みではない、
苦しく痛いものでした。

それが2時間と効いてくれず、朝まで、一睡もできませんでした。

それに、痛みの次に苦しいことは、口の渇き・・・
酸素マスクから酸素が結構な勢いで送られていて、口が渇き、何度もマスクをずらしてしましました。

唾液が出て来ないほど口が渇き、辛くてナースコールを押したのが午前5時。

朝まで酸素マスクは外せないといわれたのですが、

「もうこれ以上無理です。唾液が出てこないんです・・・」

と訴えました。


少し脱水症状が出ているということになり、酸素を送るのは中止になりました。







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すい臓癌の手術への道のり(8)

今日は朝6時に採血に来ました。
この検査結果で、本日の手術が出来るかが決まるわけです。

約1時間後には検査結果が出るはず。
7時過ぎには何らかの結果が出ているものと思っていたのですが、
7時半過ぎても、看護師からなんの連絡もありませんでした。

手術室に入る時間は、9時10分。

私の心構えもつけなくてはなりませんので、少しでも早くに連絡が来ないかと、待っていました。



8時過ぎても何も連絡が来ない・・・

『今日は出来ないのかもしれない…』

息子たちがやってくる時間が迫っていました。・・・


8時15分、もう我慢が出来なくて、ナースコールを押しました。
「まだ手術をするかどうか連絡をもらってないのですが・・・」
と。

看護師が病室までやってきて、
「先生は、手術するって言ってましたけど、まだ来てませんか?」
「まだ来てませんが」

と言っていると、先生がやってきて、
「手術できますからね」  と・・・
息子たちも病室へ入ってきました。
先生は、
「数値的には、手術は出来ますが、正常値に戻っているわけではなく、
炎症も完全に治っているわけではありません。」
「手術の際に出血が多くなるリスクもありうるかもしれないけれど、今日手術をします。」


もう8時20分を回っていました。

手術中長い時間動けないために血栓ができないように、特殊なストッキングを履きます。
簡単に履けないような靴下で、看護師さんに履かせてもらいました。

病室で、早くに手術が終われば、転移があって手術は、胆嚢のバイパス手術のみで、
閉じられたことを意味する。10時間ほど出てこなかったら、
手術が予定通り行われていると思ってねと、息子たちと話をしている内に、
手術室へ入る5分前になり、
9時5分、看護師が呼びに来ました。

いよいよ入室です。

息子たちと手術室まで一緒に歩いて向かいました。
エレベーターで5階から3階へ降り歩いて手術室まで向かいました。

「頑張ってきてね」

「うん」

私の頭には、果たして、予定通りの手術になるのだろうかということがよぎりました・・・



手術室の扉が開いて、中へ入りました。


沢山の人が待っていました。

手術室の中にいる人たちは、青やエンジの手術着なので、何か異様な感じがしました。
白い白衣ではないことは分かっていたのですが、人数も多かったので、
少々戸惑いましたね。。。


少し硬めのベットに寝かされ、このベットが手術される間中寝かされると聞きました。



これから痛み止めの硬膜下麻酔を背中から入れられまます。

背中を丸めるように言われ、身体を丸めた・・・
看護師が2人、私の両サイドについていました。

凸凹している背骨を探っている様子。。。

針が刺され、神経がピクピク・・・する・・・

テープで固定された様子。


もう、ここまでやってくると、”まな板の鯉” 状態で、
手術するまで何日も、怖いと思っていた気持ちは、ありませんでした。

それから、まもなく麻酔薬が入った様子で、5秒くらいで目の前が白くなり分からなくなった・・・・・・


先生の話では、9:10 手術室へ入室後、
手術が始まる時間は、10:30前後になるとの話でした。

私の麻酔は、たぶん9:30前には眠っていたと思われます。


今回で、「すい臓癌の手術への道のり」は終わり、
「すい臓癌の手術から退院への道のり」になります。



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7800.jpg ラリー ♂ シェルティー
1989.7.8生まれ、2005.6.7亡
5歳で癌の手術後、100%転移、余命3ヶ月と言われるも15歳11ヶ月で亡
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チャッピ ♀ ポメラニアン
2006.5.20亡(推定18歳で亡)
警察の拾得物で保健所送りになり
殺処分二日前に引き取り
14年間育てる

IMG_611800.jpg パピ (♂)パピヨン
1998.5生まれ 1998.9.20亡
極小さく生まれ片手に乗る程小さく
ジステンパーにり患し、
4ヶ月で亡
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